
北村和義の九谷焼作家としてのあゆみ
「黒彩」の絵付けをしている北村和義。父親は、北前船が正面から風を受けているスケールの大きい図柄「まとも絵」で有名な九谷焼の作家の北村隆。しかし、親父からは小さい時より九谷焼をやってみなさいと言われたことがなく、とうとうなにもやりませんでした。当然、高校も大学も焼き物や美術の専門教育を受けたことがなく、大学を卒業してからようやく、九谷焼技術研修所に入って、初めて九谷焼を始めました。やりはじめてみて、なんて面白いものだと感じました。
そして、その当時、石川県を挙げての九谷焼の祭典「色絵陶磁器フェア」が開催されました。北村も、研修所の登り窯に応募作品をいれましたが、技術が未熟だったことと、窯の火の加減などが災いしたこともあり、とても出品するに値しないうすぎたない作品に焼きあがってしまったのです。もう一度制作するだけの時間はなかったが、どうしても出品したかった北村は、考えたあげく作品のすべてを呉須(磁器の染め付けに用いる鉱物質の顔料)で塗りつぶし、その上から、いっちんの技法で絵の具を盛って立体的にし、さらにその上から市販の雲母絵の具で絵付けをしました。
ところが、あろうことか、この北村のはじめての作品が、「色絵陶磁器フェア」に入選し、さらに驚いたことには、この作品を気に入って買ってくれた人までいたことです。
このことがきっかけで、「黒彩」と「いっちん」の技法が誕生したのですが、北村は、これらの技法をもっともっと完成させなければならないと考え、十数年間、このふたつの技法に磨きをかけ続けてきたのです。
「これは北村和義だ」と言われるような自分だけしかつくれない北村和義の九谷焼をつくっていきたい。究極のことをいうと、一人よがりではなく、自分のつくりたいものを作って、人に喜んでもらえるという作家になりたいと北村は語ります。
古九谷の陶工たちの「感性」を引き継いで
350年前、九谷焼が生まれた当時は、焼き物とは最先端の技術・科学でした。
そう考えると、九谷焼の伝統を引き継ぐということは、引き継がれてきた技を守ることだけではなく、その時代の最先端の技術・科学を使って、それぞれの作家の磨き抜かれた感性を表現していくことではないでしょうか。
伝統工芸とは技術であり、技法としての一つの技。
古九谷より伝統として引き継いでいく必要があるものは、あれほど華やかなものを生み出した古の陶工たちの感性ではないでしょうか。それを今に生きる自分自身のフィルターを通して、自分なりの知識・技・感性を使って、「北村の九谷焼」を造りたい!と北村は考えているのです。
そして、現時点での北村の取り組みが、「黒彩」であり、「いっちん」なのです。
















