
サンマをお頭付きで食べられる皿がほしかった
サンマ、かます、太刀魚を載せる。中でも、サンマはアタマの部分がおいしいのですが、市販の角皿では頭が飛び出してしまうのでうまく食べられません。サンマをお頭付きで食べられる皿がほしかったのです。
私たちのつくっているものはよく「陶芸」と呼ばれますが、陶磁器の芸術である前に実用としての器でなければならないと思っています。器ですから、使って何ぼという世界です。ですから、作り手としては器としてとことん使って欲しいと思います。
そのために、この角皿には食べ物が映えるように白地をつくってあります。
赤い食材が映えるようにあえて絵付けに赤を使用していません。
横長の角皿ですから、サンマなどはもちろん、スシを並べても良いし、珍味を2~3点並べて出してみるのも良いでしょう。また、絵付けには、あえて赤を使っていません。これはワンポイントで赤い食材が映えるようにと考えたためです。例えばたこ焼きに紅しょうが、ショートケーキの苺、アイスクリームの上に乗ったチェリーなどなど、皿の余白を白いキャンバスに見立てて、さまざまな食材を並べてみて遊んでください。
お頭付きのサンマも皿からはみださず載せられる。
早く食べないと川蝉に食べられてしまうという意味もある。
食材の載っている白地に向かって飛ぶ川蝉。「早く食べないと川蝉に食べられてしまうよ」という意味もこめられています。食材が載ることによってそのつど新たなデザインが楽しめるという、とにかく使うということを第一に考えた角皿です。
触ってみて、使ってみないと
作品の良さはわからない。
器を使って割れた、欠けた。器なのですからこれは当たり前です。これを恐れるあまり、桐の箱に入れたままにして、食器として使ったことがないというのは、その作品の良さを半分以上知らずにいるということで、実にもったいないことだと思います。例えるなら、新車を買ったけど道路を走ったことがない。カメラを買ったけど写真を撮ったことがないということと同じことではないかと思います。器を両手で包み込むように触ってみなければ、そして実際に食材を盛ってみなければ、その作品の器としての良さはわかりません。人間の五感を全て使って楽しめるものは焼き物くらいしかありません。食材を盛ってみて、初めてわかることがあります。私のつくった角皿を、普段は自宅でも使い、「My皿」としておすし屋さんに持ち込み、いろいろなにぎり寿司を載せては楽しんでいる方がおりますが、同じ皿でも食材によってそのつど趣が変わります。日曜日だけでもいいですから、しまっておかずにどんどん使ってほしいのです。私は、最終的には、作品の持ち主が喜んで器として使っていただいているというのが目標です。「越田さん、この器とてもよかったわよ」と言っていただけるのが何よりも嬉しいのです。押入れの中で眠ってしまうのではなく、生活に根付いた器として使っていただけることが一番ありがたいことです。工芸は、触ってはいけない、近寄ってはいけないという美術作品とは違うものです。





