
懐かしい情景のひとコマを鉢の中に閉じ込める
師匠から受け継いだ「絵の心」で絵付けをする宮本。宮本の作品はどこか懐かしいのです。九谷焼に描かれる草花といえば、牡丹や椿、梅といった大輪の艶やかなものが多いのですが、宮本の描く草花は、野原や近くの山道を歩き、道端のどこにでも生えている草木をモチーフにしています。大輪の花をモチーフにした絵皿などは、「花の文様」というような印象でどこか非現実的ですが、宮本の描く草花は、現実にそこにあるかのような臨場感があります。緑色一面の山野の道端で、ひっそりとたたずむ紫や赤色の、野いちご、野ぶどうなどの実は、食べられるということもあり、子どもの目にはきらきらと輝く宝石のように見えたものです。
子どもの頃歩いた山野は、懐かしい原風景。
残念ながら、このような原風景は私たちの記憶だけにとどまり、現在はその実物を見ることは出来なくなってしまいました。
懐かしい情景のひとコマを鉢の中に閉じ込めたこの鉢は、野山をかけ巡り、泥だらけになって遊んだ子どもの頃の一場面を思い起こしてしまうような郷愁を感じさせてくれます。
モチーフの持つ本質を強調して表現するという絵の心
父親が九谷焼の卸を営んでいる家に生まれた宮本は、さまざまな作者によるさまざまな九谷焼に囲まれて育ちました。当然のように、地元の美術工芸大学に入って日本画を学んでから、文化勲章を授与された二代・浅蔵五十吉に師事して本格的に九谷焼に取り組みました。師匠と弟子はどうしても作風が似てしまうものですが、宮本の作風は、共通点はあるものの、師匠には似ていません。
二代・五十吉から受け継いだことは、その「人柄」と「作品の重厚感」そして、「独自性」であると宮本は言います。独自性とは具体的に言うと、ただ正確無比に写実するのではなく、ピカソがそうだったように、一旦写実的な世界をベースにしてモチーフの特徴を取り込み、自分の中で咀嚼して、モチーフの持つ本質を強調して表現するという世界。つまり、宮本が師匠から学んだのは、「絵の心」だったのです。一見、写実的に見えるその作風の中にも、 宮本ならではの独自性がある。
現在の九谷焼の色絵の絵付けは、淡い色合いが主流になりつつあり、古くから特徴とされてきた深い色合いから遠ざかっています。
深い色合い、特に深い緑の重厚表現を求めていきたいと宮本は語ります。そういえば、陶芸作品としては世界的にも評価が高い、「古九谷・青手」と呼ばれる手法は、渋い明黄色を背景に、松や竹などの重厚な緑色が特徴です。
宮本は、二代・浅蔵五十吉の、絵の心を継承しながら、素朴な草花を題材にして、小ぶりの花、道端に咲いている何気ない花などをモチーフにして、見た瞬間に宮本晃の作品だとすぐわかるという独自の世界をめざしているのです。
半分に割っても対称にならない、あたたかい手作りのかたち
分業の進んでいる九谷焼業界にあっても、新たな器のかたちを開発することは宮本自身で取り組んでいます。どこかに変化があり、半分に割っても対象にならない機械では造れない存在感とあたたかみのある手作りのかたちを求めていると言います。
九谷焼の美しい五彩の色合いはガラスのようなものです。この内側が透けて見えるガラスの下に、白い磁器だけでなく素朴な風合いの土を使って、ガラスを通して素地が見える世界を表現することがおもしろく、陶土にもこだわりいろいろと取り寄せサンプルをつくり、それを専門の素地屋さんにお願いしてプロデュースしています。
最近では、素地を少し削り、色絵を立体化させるというような取り組みをしていて、試行錯誤しながら、新たな作品づくりに取り組んでいるとのことです。
















