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市川 清鱗
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市川 清鱗 九谷焼作家
取り付かれるように動く清鱗の指さばき、筆さばきを見ていると、表現者である清鱗自身に、明確な創意があるのだろうかとさえ思えます。何か別のものが清鱗の身体を借りて、彼の手や指を動かしているのでないかと思えるほど神がかり的です。「造っているとか、絵を描いているとか、そんな感じが全くしない。あるリズムが自分を導いていってくれる。」「自分が何も語らなくても、作品がみんな語ってくれている。だから、全力投球したいんだ。」と語る清鱗自身も、大いなるものに動かされているという実感を常に感じながら制作をしているのです。
北村 和義
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北村 和義 九谷焼作家
350年前、九谷焼が生まれた当時は、焼き物とは最先端の技術・科学でした。そう考えると、九谷焼の伝統を引き継ぐということは、引き継がれてきた技を守ることだけではなく、その時代の最先端の技術・科学を使って、それぞれの作家の磨き抜かれた感性を表現していくことではないでしょうか。伝統工芸とは技術であり、技法としての一つの技。古九谷より伝統として引き継いでいく必要があるものは、あれほど華やかなものを生み出した古の陶工たちの感性ではないでしょうか。それを今に生きる自分自身のフィルターを通して、自分なりの知識・技・感性を使って、「北村の九谷焼」を造りたい!と北村は考えているのです。
木村 雨山
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木村雨山 加賀友禅
「職人といえども、自分の作ったものがどの程度であるか世に問うべき」という前向きな考えを持っていたため、当時の帝展、文展、日展などの展覧会に積極的に出品し高い評価を集め、染色作家として不動の地位を確立しました。こうした、活動が認められ、1955年には、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けました。
越田 秀平
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越田 秀平 九谷焼作家
器に描かれた世界は、凍りついた瞬間を閉じ込めたひとつの閉じられた小宇宙です。絵柄の余白の部分に、木々の木漏れ日、通り抜ける涼風、小鳥のさえずり、日の光を受けてきらきら輝く水面など、描かれていない背景まで自然に見えてくるような世界をつくれるように、精進していきたいと考えています。
佐藤 剛
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佐藤 剛 九谷焼作家
現在、自分で調合した釉裏紅という絵の具の色の探求をしています。
釉裏紅とは、独特の渋い赤の色合いが特徴ですから青の色はできません。しかし、ある時、いろいろ試行錯誤する中、失敗作でたまたま、深い青紫を出す事に成功しました。この際はたまたまでしたが、これを安定して出す事が出来ないかと考え取り組んでいます。この深い青紫ができれば、もっともっと表現力を持つことが出来るのではないかと思っています。この深い青紫を安定して出すことができたなら、この色にあった土づくりから始めて、新たな作品づくりをしていきたいと思っています。
墨屋 貞義
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墨屋 貞義 伝統工芸士
私は思います。下地や塗りで木を動けなくするのではなく、木の動こうとする先を読んでその木の欲する形に挽いてあげるんです。そうすれば木は素直にその形に留まってくれます。カンナを当てながら挽きあげていく時、カンナを通して語りかけてくる木の声を聞いてやることが大切なんです。
東木 宏充
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東木 宏充 九谷焼作家
作り手がプロからみても、ちゃんとした仕事をして、心をこめて作った手作りの作品と、大量生産の工業製品のものとは、本当はとてつもなく大きな隔たりがあるのですが、それを評価する側は、よほど突出した「作品力」がないかぎり、この両者の区別がなかなかつけられません。これは、まだ、それらの作品に突出した力が備わっていないからです。こうした評価の難しさの中でも、「いい作品だ」とだれもが思っていただける本当に力を持った作品をつくりたいと思っています。
宮本 直樹
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宮本 直樹 彫刻家・九谷焼作家
九谷焼の陶彫の作家としては第一人者の宮本ですが、より高い芸術性を求め続けている宮本は、心は今でも弟子入りをしていた頃の塾生のままで「本当に満足出来る作品が未だにつくれていない」と話します。「足りないものは技術ではなく心、もっともっと意識を高めていかないと・・・」と話す宮本のあくなき挑戦はやむことはありません。
宮本 晄
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宮本 晄 九谷焼作家
宮本の作品はどこか懐かしいのです。九谷焼に描かれる草花といえば、牡丹や椿、梅といった大輪の艶やかなものが多いのですが、宮本の描く草花は、野原や近くの山道を歩き、道端のどこにでも生えている草木をモチーフにしています。大輪の花をモチーフにした絵皿などは、「花の文様」というような印象でどこか非現実的ですが、宮本の描く草花は、現実にそこにあるかのような臨場感があります。













